リンクボタン
ホーム
リンクボタン
西教寺略縁起
リンクボタン
宗祖真盛上人
リンクボタン
四季の風情
リンクボタン
アクセス
リンクボタン






ユースホステル協会
     
テ レ ホ ン 法 話
 
当宗門の住職に毎週お話いただいております。
是非お聴き下さい。
( TEL 077-579-0874 )


   
6月 2日 滋賀教区 大仙寺住職 土永冏順師

『「いたわり」や「やさしさ」は訓練で』

  皆さん、今日は。お元気ですか。  最近アジアでは、ミャンマーのサイクロンによる洪水や、中国四川省の大地震によって、大勢の命が失われ、助かった人たちは援助を頼って精一杯生きようと努力されています。また、多くの国から支援と援助の申し出があり、ようやく復興の兆しが見え始めました。
  被災された人々の痛みや苦しみは、相当の辛さがあろうと推察されますが、それは私たちの本能がそう感じさせるのでしょうか。
そうではないのです。
  幼子は、自分の感情で泣き、叫びして、母を呼び、その思いを遂げようとしますが、成長するに従って、その思いを遂げるには、どういう手立てが有効かを学んでいきます。同じように、人をいたわる気持ちや、やさしい心も、母からそうされることによって培われます。幼い頃に虐待されて育った子供には、いたわりや優しさの心は芽生えにくいのです。いじめも同じことになります。
  作家の司馬遼太郎が、小学校の教科書のために書き下ろした『21世紀に生きる君たちへ』に、「いたわり」「他人の痛みを感じること」「やさしさ」、みな似たような言葉である。この3つの言葉は、もともと一つの根から出ているのである。根といっても、本能ではない。だから、私たちは訓練をしてそれを身につけねばならないのである、と説いています。
  大事な子供たちのために、心にきっちり取っておきたいものです。


3月3日 天台真盛宗総本山西教寺貫首 西村冏紹猊下

『地球の温暖化と挨拶』

皆さん、こんにちは。お元気ですか。
厳しい冬も漸く終りを告げ、芽吹く木々の若葉の色が、早春の訪れを感じさせます。
  日本は、春夏秋冬の四季の変化があるので、一番過ごし良い所と云われております。
毎朝の挨拶にしても、「おはようございます」に始まり、春になれば、「寒さも和らいで、やっと春めいてきましたね。」と気候の挨拶をしますね。つまり日々のなかで、一番生活上関係のある事柄を、挨拶に表すわけです。
  昔、ある国では、朝の挨拶の言葉として「飯食ったか」という意味の挨拶をしたそうです。それは、当時貧しい国だったようで、死活問題にかかわる「食事」が最大の関心事だったわけです。
  その点、わが国では「おはようございます」といって「お早く起きられ、ご壮健で結構ですね」という意味が含まれている訳です。
  ところが戦後、経済成長のために、地球の温暖化現象が起こり、冬でも暖冬になったり、夏は猛暑、極熱の日々がみられるようになってきました。
  私達、国民が生活する上では、冬は暖冬、夏は冷夏が凌ぎよいのですが、食物の生産や政治、経済、産業界等々にあっては、マイナスの影響が多いようで、今、戦後60余年間の経済成長の裏に生じた森林の激減、石油等エネルギーの激減、世界人口の急激な増加等により、一大危機を迎えております。
  こうなってくると、日々の挨拶も気候だけでなく、食糧や海面の上昇による領土、住む土地の問題等が問題にされ、「飯食ったか」「屋敷や地面残っているか。」が挨拶の内容となって表われて来るかも知れません。そうならないように日々是好日と過ごせるように、努力しようではありませんか。


2月18日 滋賀教区 大清寺住職 藤田真順師

『山川草木悉皆成仏』に思う

八万四千あるといわれますお経の中で、頻繁に出てくる言葉に、『衆生』という言葉あります。狭い意味では「私達人間」を表しますが、広い意味では「生命あるもの、生けとし生けるもの」と訳されます。有名な『一切衆生悉有仏性』という言葉は、「全ての生けとし生けるものには、悉く仏様の心が備わっている」という意味であります。仏様の教えの対象は、人間のみならず動物や植物などの生命あるもの全てに行き渡っているのであります。
「自然は征服するものである」という西洋の考えは20世紀に至り、自然破壊・環境汚染などを生み出すようになりました。狂牛病・鯉ヘルペス・鳥インフルエンザなど、今まで考えもしなかった病気が発生するようになったのも、余りにも人間中心に発達してきたこの社会に対する、自然界からの逆襲のように思えてなりません。
 『共生』「共に生きる」という言葉を、最近よく耳にするようになりました。「自然と共に生きる」「自然の中に生かされている私達」という東洋の考えが、21世紀を迎えた今、改めて見直されなくてはならないと思います。自然は征服するものではなく、人間と共に生きていくものであります。
『山川草木悉皆成仏(さんせんそうもく しっかいじょうぶつ)』 「山や川、草や木に至るまで悉く仏様になれますように」という仏教の心を、今一度噛み締めたいものであります


1月14日 天台真盛宗総本山西教寺貫首西村冏紹大僧正

『人類よ謙虚になれ

  皆さん、こんにちは。
  私は、一昨年年末より、昨年4月まで、1年半ほど、宗門の宗務総長と管長代務者と二役を務めねばならず、私にとりましては、全く激動の一年半でした。でも、仏神の御加護のお陰で、大過なく勤められました。本年からは、愈々管長職・貫首職の職務に専念できる事と存じます。不思議なご縁で、このように宗祖大師にお仕えする身分になり、毎日緊張の連続であります。毎日御仏に御仕え申し上げていると、御仏のお慈悲を頂いて日暮をさせて頂いていることが、ひしひしと感ぜられます。
  今日の日本の世相をみますと、昨年は「 」の字で象徴されたように、いかに人間の心が今までのように秩序が保たれなくなり、乱れてきたかが、よくわかります。戦後の行き方は、立身出世、利益の追求、棚ボタ式の儲け方等々、自己中心、自己本位の考え方が優先されて、人と人とのありかたとか、親子、兄弟、師弟のあり方、家族や社会の秩序等が、うまく噛み合わなくなってしまったようです。
  このようなことでは、いつまでたっても世界の平和や人類の幸福は叶えられません。